公開日 2009年06月01日
更新日 2015年02月19日
最優秀賞
釣り上げては
アーサー・ビナード
父はよく 小さいぼくを連れてきたものだ
ミシガン州 オーサブル川のほとりの
この釣り小屋へ。
そして或るとき コーヒーカップも
ゴムの胴長も 折りたたみ式簡易ベッドもみな
父の形見となった。
カップというのは いつか欠ける。
古くなったゴムは いくらエポキシで修理しても
どこからか水が滲み入るようになり、
簡易ベッドのミシミシきしむ音も年々大きく
寝返りを打てば起こされてしまうほどに。
ものは少しずつ姿を消し 記憶も
いっしょに持ち去られて行くのか。
だが オーサブル川には
すばしこいのが残る。
新しいナイロン製の胴長をはいて
ぼくが釣りに出ると 川上でも
川下でも ちらりと水面に現れて身をひるがえし
再び潜って 波紋をえがく—
食器棚や押し入れに
しまっておくものじゃない
記憶は ひんやりした流れの中に立って
糸を静かに投げ入れ 釣り上げては
流れの中へまた 放すがいい。